漫画家でイラストレーターの江口寿史さんは、「ストップ!!ひばりくん!」などの代表作で知られる人気クリエイターです。1970年代後半から活躍し続け、2025年現在も第一線で活躍されている江口寿史さんですが、最近ではトレース問題で話題になったこともありました。
そんな江口寿史さんの詳しいプロフィールや学歴、そして元アイドルの妻・水谷麻里さんとの馴れ初めなど、気になる情報をまとめていきます。年収や稼ぎ方についても調査しましたので、ぜひ最後までチェックしてみてください。
- 江口寿史さんのwikiプロフィールや代表作は?
- 学歴や漫画家デビューのきっかけとは?
- 妻・水谷麻里さんとの馴れ初めや結婚生活
- 江口寿史さんの年収や稼ぎ方はどうなの?
- 2025年に話題になったトレース問題の詳細
江口寿史のwikiプロフィール
江口寿史さんは、1956年3月29日生まれで熊本県水俣市出身の漫画家・イラストレーターです。2025年現在、69歳になられますが、今でも精力的に活動されているのがすごいですよね。
1. 本名・年齢・出身地・血液型は?
江口寿史さんの基本的なプロフィールをまとめると、以下のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 江口寿史(えぐち ひさし) |
| 生年月日 | 1956年3月29日 |
| 年齢 | 69歳(2025年時点) |
| 出身地 | 熊本県水俣市 |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 漫画家・イラストレーター |
| 居住地 | 東京都西荻窪周辺 |
血液型がO型というのは、江口寿史さんのおおらかでユニークな作風にも通じる部分があるのかもしれませんね。
中学2年生のときに父親の転勤で千葉県野田市に引っ越されたそうで、それ以降は関東で生活されているようです。現在は西荻窪周辺に自宅があるとのことで、吉祥寺エリアに長く住まれているみたいです。
2. 代表作は「ストップ!!ひばりくん!」や「すすめ!!パイレーツ」
江口寿史さんの代表作といえば、やはり「ストップ!!ひばりくん!」が一番有名ではないでしょうか。1981年から週刊少年ジャンプで連載されたこの作品は、江口寿史さん自身も「自身最大のヒット作」と語っているそうです。
「ストップ!!ひばりくん!」は、女装した美少年・ひばりくんが主人公のギャグ漫画で、当時としてはかなり斬新な設定でした。1983年にはテレビアニメ化もされ、大きな人気を集めたんですよ。
他にも「すすめ!!パイレーツ」や「ひのまる劇場」といった作品も人気がありました。どの作品も江口寿史さん独特のポップでおしゃれな絵柄が印象的で、今見ても古さを感じさせないのがすごいところですよね。
3. 1977年に週刊少年ジャンプでデビュー
江口寿史さんがプロの漫画家としてデビューしたのは、1977年2月のことです。週刊少年ジャンプに掲載された「恐るべき子どもたち」という作品が、江口寿史さんの記念すべきデビュー作となりました。
当時、江口寿史さんは20歳という若さでした。デビューのきっかけについては後ほど詳しく紹介しますが、赤塚賞への投稿がきっかけだったそうです。
ジャンプの黄金期を支えた漫画家の一人として、江口寿史さんは1970年代後半から1980年代にかけて大活躍されました。
江口寿史の学歴は?
江口寿史さんの学歴について、詳しく見ていきましょう。
1. 出身高校は千葉県立柏高等学校
江口寿史さんは千葉県立柏高等学校を卒業されています。柏高校は千葉県内でも進学校として知られている学校ですよね。
中学2年生のときに父親の転勤で熊本県水俣市から千葉県野田市に引っ越されたそうなので、千葉県で高校生活を過ごされたということになります。きっと慣れない土地での生活は大変だったのではないでしょうか。
高校時代から漫画やイラストを描くのが好きだったそうで、すでに将来の道が見えていたのかもしれませんね。
2. 浪人後デザイン専門学校に進学
高校卒業後、江口寿史さんは一度大学受験に挑戦されたようですが、残念ながら浪人されることになったそうです。その後、方向転換してデザイン専門学校に進学されました。
美術系の道を選ばれたのは、やはり絵を描くことへの強い思いがあったからなのでしょう。専門学校で基礎的なデザインの技術を学ばれたことが、後のイラストレーターとしての活動にも活きているはずです。
当時から江口寿史さんの才能は光っていたのではないかと想像できますよね。
3. 専門学校時代は映画ばかり見ていた
面白いことに、江口寿史さんは専門学校時代、授業にはあまり熱心ではなく、映画ばかり見ていたそうです。これは江口寿史さんご本人が語っているエピソードなんですよ。
映画から受けた影響は、江口寿史さんの作品にも反映されているのではないでしょうか。特に構図やキャラクターの表情など、映画的な演出が江口寿史さんの漫画には多く見られる気がします。
専門学校時代に映画をたくさん見て、視覚的なセンスを磨いていたというのは、とても興味深いエピソードですね。
江口寿史の経歴は?
江口寿史さんの漫画家としての経歴を詳しく見ていきます。
1. 20歳で赤塚賞準入選を受賞
江口寿史さんの漫画家人生が大きく動いたのは、20歳のときに応募した赤塚賞がきっかけでした。1977年4月に発表された第6回赤塚賞で、江口寿史さんの作品「8時半の決闘」が準入選を受賞したんです。
この受賞がきっかけで週刊少年ジャンプへの道が開かれ、江口寿史さんの人生が180度変わったと言われています。まさに運命を変えた投稿だったわけですね。
赤塚賞は週刊少年ジャンプが主催する新人漫画賞で、多くの有名漫画家を輩出してきた権威ある賞です。その賞に20歳という若さで入選したのは、本当にすごいことですよね。
2. ジャンプ黄金期を支えたギャグ漫画家
1977年10月からは「すすめ!!パイレーツ」の連載が始まり、江口寿史さんは本格的に週刊少年ジャンプの連載作家となりました。その後、1981年には「ひのまる劇場」、そして同年に代表作となる「ストップ!!ひばりくん!」の連載がスタートします。
1970年代後半から1980年代にかけて、週刊少年ジャンプはまさに黄金期と呼ばれる時代でした。その時代を江口寿史さんはギャグ漫画家として支えていたんですよ。
江口寿史さんの作品は、当時の少年たちに絶大な人気を誇っていました。ギャグ漫画でありながら、絵のクオリティの高さやセンスの良さが際立っていたのが特徴でした。
3. 1980年代からイラストレーターとしても活躍
1983年にフリーランスになった江口寿史さんは、漫画だけでなくイラストレーターとしても活動を始めました。雑誌の表紙やCDジャケット、小説の装丁など、さまざまな分野で江口寿史さんのイラストが使われるようになったんです。
特に有名なのが、1992年から5年間担当された「デニーズ」のメニューイラストですね。デニーズのメニューを見て、江口寿史さんのイラストを覚えている方も多いのではないでしょうか。
イラストレーターとしての江口寿史さんの作品は、おしゃれで洗練された雰囲気が魅力的です。特に女性を描いたイラスト「彼女」シリーズは、現代最高の美人絵師として高く評価されています。
4. 文藝春秋漫画賞を受賞した実績も
江口寿史さんの漫画家としての実力は、1992年に短編集「爆発ディナーショー」で第38回文藝春秋漫画賞を受賞したことからも分かります。この賞は日本の漫画賞の中でも権威ある賞の一つなんですよ。
ギャグ漫画家でありながら、こうした権威ある賞を受賞したのは、江口寿史さんの作品が単なるギャグだけでなく、芸術性も高く評価されていた証拠ではないでしょうか。
また、1978年には「名探偵はいつもスランプ」で第6回愛読者賞も受賞されています。読者からも業界からも高く評価される漫画家だったということですね。
江口寿史の妻は元アイドルの水谷麻里
江口寿史さんのプライベートについて、特に気になるのが結婚相手のことですよね。
1. 妻・水谷麻里は「ポスト松田聖子」と呼ばれたアイドル
江口寿史さんの妻は、元アイドルの水谷麻里さんです。水谷麻里さんは1980年代に活躍した清純派アイドルで、「ポスト松田聖子」というキャッチコピーで売り出されていたそうです。
水谷麻里さんは1984年または1986年にデビューされたと言われています。デビュー曲は「21世紀まで愛して」という楽曲でした。当時はアイドル戦国時代と呼ばれる時代で、多くのアイドルが活躍していましたよね。
「ポスト松田聖子」という大きなキャッチコピーを背負っていたということは、それだけ期待されていたアイドルだったということでしょう。実際、清純派アイドルとして人気があったそうですよ。
2. 1990年に結婚し、13〜15歳の年の差婚
江口寿史さんと水谷麻里さんが結婚されたのは1990年のことです。当時、江口寿史さんは34歳、水谷麻里さんは20歳前後だったと言われています。
年齢差は約13〜15歳あったようで、かなりの年の差婚だったんですね。でも、年の差なんて関係ない素敵な恋愛だったのでしょう。
江口寿史さんにとっては2回目の結婚で、いわゆるバツ1だったそうです。前の奥さんとの離婚理由などは公表されていませんが、水谷麻里さんとの出会いで新しい人生が始まったということなのでしょうね。
3. 水谷麻里は結婚後に芸能界を引退
水谷麻里さんは、1988年3月25日のコンサートをもってアイドル活動を休止していました。そして1990年に江口寿史さんと結婚されたあと、完全に芸能界を引退されたそうです。
結婚を機に芸能界を引退するというのは、1980年代〜1990年代のアイドルにはよくあるパターンでしたよね。水谷麻里さんも、家庭に入ることを選ばれたのでしょう。
現在の水谷麻里さんの本名は江口葉子さんというそうです。江口寿史さんの妻として、家庭を支えながら穏やかに暮らされているのではないでしょうか。
江口寿史と水谷麻里の馴れ初めは?
江口寿史さんと水谷麻里さんがどうやって出会ったのか、気になりますよね。
1. 雑誌「投稿写真」での対談がきっかけ
江口寿史さんと水谷麻里さんの出会いは、雑誌「投稿写真」での対談企画がきっかけだったそうです。この対談で初めて二人は顔を合わせることになったんですよ。
「投稿写真」という雑誌での対談企画というのは、なんとも1980年代らしい出会い方ですよね。今では考えられないような偶然の出会いだったのかもしれません。
対談というお仕事の場での出会いから恋愛に発展するなんて、まるでドラマのようなストーリーですね。
2. 水谷麻里が江口寿史のファンだった
実は、水谷麻里さんは対談の前から江口寿史さんのファンだったそうなんです。これは運命的な出会いと言えるのではないでしょうか。
自分のファンだったアイドルと結婚できるなんて、江口寿史さんはすごくラッキーだったと思いますよね。でも、江口寿史さんの才能や人柄に惹かれていたからこそ、水谷麻里さんはファンだったわけですから、お互いに惹かれ合うのは自然な流れだったのかもしれません。
水谷麻里さんが江口寿史さんのファンだったというエピソードは、とても微笑ましいですね。
3. 対談で意気投合して交際に発展
対談企画で初めて会った二人は、話が盛り上がって意気投合したそうです。そこから交際に発展していったんですね。
もともと水谷麻里さんが江口寿史さんのファンだったこともあって、話も合いやすかったのでしょう。江口寿史さんも水谷麻里さんの人柄に惹かれたのだと思います。
対談から交際、そして結婚へとつながっていったという馴れ初めは、本当に素敵なストーリーですよね。二人の出会いは運命だったと言えるのではないでしょうか。
江口寿史に子供はいるの?
江口寿史さんの家族構成について見ていきましょう。
1. 長女・みのり(江口実里)がいる
江口寿史さんには長女がいらっしゃいます。お名前は「みのり」さんといい、漢字では「江口実里」と書くそうです。
江口寿史さんはSNSで毎年、長女のみのりさんの誕生日を祝うメッセージを投稿されているそうですよ。娘さんのことを大切に思っている様子が伝わってきますね。
父親として娘さんの成長を見守り、誕生日を祝うというのは、とても微笑ましい光景ではないでしょうか。
2. 次女もいるという情報も
長女のみのりさん以外に、次女もいるという情報もあるようです。ただし、次女についての詳しい情報はあまり公表されていないみたいですね。
プライバシーを大切にされているのかもしれません。有名人の家族として、あまり表に出たくないという気持ちもあるのでしょう。
娘さんが複数いらっしゃるということは、江口寿史さんは女の子に囲まれた賑やかな家庭を築いているのかもしれませんね。
3. 家族との仲は良好でSNSにも登場
江口寿史さんは家族との仲が良好なようで、時々SNSに家族のことを投稿されているそうです。娘さんの誕生日を祝うメッセージなどを見ると、温かい家庭を築いていることが伝わってきます。
長女のみのりさんが前の奥さんとの間の子なのか、水谷麻里さんとの間の子なのかは明確にされていないようですが、どちらにしても江口寿史さんは良い父親なのでしょう。
家族を大切にしながら、漫画家・イラストレーターとしての仕事も続けている江口寿史さんは、仕事と家庭の両立を上手にされているのではないでしょうか。
江口寿史の年収や稼ぎ方は?
江口寿史さんの年収について、詳しく調査してみました。
1. 推定年収は数千万円以上と予想される
江口寿史さんの年収は公表されていませんが、年収数千万円は稼いでいるのではないかと推測されています。少なくとも1,000万円以上あることはほぼ間違いないと言われているんですよ。
長年の活動実績や現在も第一線で活躍されていることを考えると、この推測は妥当なのではないでしょうか。漫画家とイラストレーターの両方で収入を得ているわけですから、かなりの高収入だと思われます。
生涯年収が5億円、10億円あっても納得できるという意見もあるそうです。それほど多くの作品を世に送り出してきた江口寿史さんですから、相当な金額を稼いでこられたのでしょうね。
2. 漫画の印税やイラストの仕事が主な収入源
江口寿史さんの収入源は多岐にわたっています。まず主な収入源となっているのは、漫画作品の印税ですね。
「ストップ!!ひばりくん!」は単行本化されテレビアニメ化もされているので、今でも印税収入があるはずです。長年愛されている作品というのは、継続的に収入をもたらしてくれるんですよ。
また、イラストレーションの仕事も大きな収入源になっています。雑誌や広告、小説本の装丁、CDジャケット、アニメ映画のキャラクターデザインなど、さまざまな分野で江口寿史さんのイラストが使われているんです。
3. 個展やグッズ販売、時計コラボも収入になっている
江口寿史さんは個展も定期的に開催されていて、これも収入源の一つになっているようです。美人画「彼女」の個展では、アート作品の販売も行われています。
2018年から始まった「彼女」展は、金沢21世紀美術館を皮切りに全国を5年間巡回し、約12万人を動員したそうです。これだけの規模の個展となると、相当な収入があったのではないでしょうか。
さらに、グッズ販売や時計ブランドとのコラボレーションも収入源になっています。2024年には腕時計ブランド「アウトライン」とのコラボレーション時計を監修し、350本が約1時間で完売したそうですよ。
4. デニーズのメニューイラストも担当していた
江口寿史さんは1992年から5年間、「デニーズ」のメニューイラストを担当されていました。ファミリーレストランのメニューという、多くの人の目に触れる仕事だったんですね。
デニーズのメニューイラストは、江口寿史さんのポップで親しみやすい絵柄が活かされた仕事だったと思います。こうした企業とのタイアップも、イラストレーターとしての重要な収入源になっていたのでしょう。
長年にわたってさまざまな分野で活躍されている江口寿史さんだからこそ、多様な収入源を持っているということですね。
江口寿史は時計コレクターでも有名
江口寿史さんは時計好きとしても知られています。
1. 1970〜90年代の機械式時計を収集
江口寿史さんはかなりの腕時計好きで、特に1970年代から90年代の機械式時計とデジタル時計を収集されているそうです。
ヴィンテージウォッチのコレクターとして、業界でも知られた存在なんですよ。古いチューダーやロレックスといった高級時計から、80年前後のちょっとダサいデジタル時計まで、幅広く集めているそうです。
時計への愛情は本物で、2025年には探し求めていたセイコー「ナビゲータータイマー」(57年前に誕生したモデル)を入手したことをSNSで報告されていました。
2. アンティーク国産時計にハマっている
江口寿史さんは最近、特に70年代のアンティーク国産時計にハマっているそうです。日本製の古い時計にも魅力を感じているんですね。
国産時計の繊細な作りやデザインの美しさに惹かれているのかもしれません。江口寿史さんのイラストレーターとしての美的センスが、時計選びにも表れているのでしょう。
時計という小さなアート作品を集めることが、江口寿史さんの趣味なのでしょうね。
3. 2024年には時計ブランドとコラボして350本が約1時間で完売
江口寿史さんの時計への愛情は、ビジネスにもつながりました。2024年には腕時計ブランド「アウトライン」とのコラボレーション時計”オーバータイム”を監修されたんです。
この時計は350本限定で販売されたのですが、なんと約1時間で完売してしまったそうです。江口寿史さんのネームバリューと時計への造詣の深さが、多くの人を惹きつけた結果ですね。
時計好きが高じて、自ら時計をプロデュースするまでになったというのは、素晴らしいことではないでしょうか。
江口寿史のトレース問題とは?
2025年10月、江口寿史さんがトレース問題で話題になりました。
1. 2025年10月にInstagramの写真を無断使用した疑惑
2025年10月3日、江口寿史さんがInstagramで見た写真を許可を得ずに元にしてイラストを描いたことを告白しました。これが大きな話題となったんです。
江口寿史さん自身が「インスタグラムで見た写真を許可を得ずに元にして描いた」と投稿したことで、問題が明るみに出ました。自ら告白したという形ではありますが、本来であれば事前に許可を取るべきだったという指摘が多く寄せられました。
SNS時代の著作権問題として、多くの人が関心を持つ出来事となりました。
2. ルミネ荻窪のイベントポスターのイラストが発端
問題となったのは、ルミネ荻窪の「中央線文化祭」という広告用イラストでした。このイラストが、ある写真を元にして描かれていたことが判明したんです。
ルミネという大手企業の広告という商業利用だったため、より問題視されることになりました。個人的な趣味で描くイラストと、商業用のイラストでは、著作権の扱いが大きく異なるんですよね。
イベントポスターという多くの人の目に触れる場所で使われるイラストだっただけに、影響は大きかったと言えます。
3. モデルの金井球氏に無断で商業利用していた
元になった写真のモデルは、金井球氏という方でした。江口寿史さんは、金井球氏の写真を無断で商業利用してしまったということになります。
写真を撮影したカメラマンや、写真に写っているモデルの方には著作権や肖像権がありますから、無断で使用するのは問題があるんですよね。特に商業利用となると、許可を取るのは必須です。
金井球氏側との間で、後から事後承諾という形で解決したとされていますが、最初から許可を取っておくべきだったという批判は免れませんでした。
4. 謝罪のそぶりがなかったことで炎上
問題をさらに大きくしたのは、江口寿史さんの対応でした。本来謝罪すべきところ、それがなされていなかったため、SNS上で批判が広がったんです。
「謝罪のそぶりも見られず」という状況が、多くの人の反感を買ってしまいました。有名クリエイターであるからこそ、より慎重な対応が求められていたのではないでしょうか。
投稿には数々の法的、社会通念的な問題をはらんでいるという指摘もあり、炎上は広がっていきました。
5. ルミネは該当ビジュアルを一時撤去
この問題を受けて、ルミネ荻窪は該当するビジュアルを一時撤去する対応を取りました。「制作過程に問題があった」として、対応を検討したそうです。
企業側としても、著作権に問題のある可能性があるビジュアルをそのまま使い続けるわけにはいかなかったのでしょう。迅速な対応だったと言えます。
結果的に、イベントのビジュアルが差し替えられることになったようで、関係者にも影響が出てしまいました。
江口寿史のトレパクは昔からあった?
今回のトレース問題について、過去にも似たような疑惑があったという指摘が出ています。
1. 過去にもトレース疑惑があったという指摘
江口寿史さんのトレパクの話は昔から有名だったという指摘もあるようです。今回の問題をきっかけに、過去の疑惑も掘り起こされる形になりました。
ただし、過去の疑惑がどの程度確実なものなのかは不明です。インターネット上での噂レベルのものもあるかもしれませんから、慎重に判断する必要がありますね。
長年活動してきた著名なクリエイターだからこそ、過去の作品についても検証されることになってしまったようです。
2. 「元の画力自体は高い」という擁護意見も
一方で、江口寿史さんを擁護する意見もありました。「元の画力自体は高いから高精度で模写してるだけ」という意見です。
確かに江口寿史さんの画力は非常に高く、それは誰もが認めるところでしょう。トレースしているのか、それとも高い画力で模写しているだけなのか、その線引きは難しい部分もあるかもしれません。
ただ、商業利用する場合には、たとえ模写であっても元の写真の著作権者に許可を取るべきだという意見が多数派のようですね。
3. 事後承諾で解決したとされるが批判も続いた
問題発覚後、江口寿史さんは元の写真のモデルである金井球氏と連絡を取り、事後承諾という形で解決したとされています。
しかし、「本人が納得してるとは限らない」という反論も出ました。有名クリエイターから連絡が来たら、断りにくいという状況もあるのではないかという指摘です。
事後承諾で形式上は解決したとしても、最初から許可を取らなかったことへの批判は続いたようです。クリエイターとして、より慎重な対応が求められていたのではないでしょうか。
江口寿史の現在の活動は?
江口寿史さんの現在の活動状況を見ていきましょう。
1. 2025年現在も第一線で活躍中
2025年現在、江口寿史さんは69歳という年齢にもかかわらず、第一線で活躍されています。現在68〜69歳だが、多忙にもかかわらず毎週展覧会会場に足を運びイベントをこなす情熱を持っているそうです。
年齢を感じさせないエネルギッシュな活動ぶりには、本当に頭が下がりますよね。漫画家・イラストレーターとしての情熱が、今も衰えていないということでしょう。
長年にわたって第一線で活躍し続けているというのは、並大抵のことではありません。
2. 全国で個展「彼女」を開催し12万人を動員
江口寿史さんの美人画「彼女」シリーズの個展は、大きな話題となっています。2018年に金沢21世紀美術館で始まった「江口寿史イラストレーション展 彼女」は、その後全国を5年間巡回しました。
金沢21世紀美術館、明石市立文化博物館、しもだて美術館で合計約12万人を動員したそうです。これだけの動員数というのは、江口寿史さんの人気の高さを物語っていますよね。
2023年には東京ミッドタウン日比谷で「江口寿史イラストレーション展 東京彼女」も開催されました。首都圏でも大きな注目を集めたんですよ。
3. 2025年には福岡アジア美術館でも展示
2025年には、福岡アジア美術館で「江口寿史展」が開催されています。これは九州初の美術館での江口寿史展だそうで、地元熊本出身の江口寿史さんにとって、特別な意味がある展示なのではないでしょうか。
色あせない都会的センスが評価され、美術館での展示が続いているんですね。漫画家・イラストレーターの作品が美術館で展示されるというのは、芸術性が高く評価されている証拠です。
全国各地で個展が開催されているというのは、江口寿史さんの作品が幅広い世代に支持されているということでしょう。
4. 水俣市の観光大使第1号に任命されている
江口寿史さんは、出身地である熊本県水俣市の観光大使第1号に任命されています。年を追うごとにふるさとへの思いが大きくなったという江口寿史さんは、「自然が豊かで美しくなった水俣を多くの人に知ってほしい」と語っているそうです。
水俣市といえば水俣病という歴史がありますが、現在は環境に配慮した美しい街として生まれ変わっているんですよね。江口寿史さんは、そんな故郷の姿を多くの人に知ってもらいたいと願っているのでしょう。
観光大使として、水俣市のPRに貢献されているというのは、地元への愛情が感じられる素敵な活動ですね。
江口寿史は遅筆で有名?
江口寿史さんには、遅筆というエピソードがあるんです。
1. 「日本一の遅筆野郎」と自称していた
江口寿史さんは、自身のことを「日本一の遅筆野郎」と自称していたそうです。漫画家としては致命的とも思える遅筆ぶりを、ご本人も自覚されていたんですね。
遅筆というのは、原稿の仕上がりが遅いということです。週刊連載を抱える漫画家にとって、締め切りを守れないというのは大きな問題になります。
でも、江口寿史さんはそれを自虐的にネタにしてしまうところが、ユニークですよね。
2. 締切を守れず坊主頭になったエピソードも
江口寿史さんの遅筆エピソードとして有名なのが、締め切りを守れなかったときに坊主頭になったという話です。これは本当にあった出来事だそうですよ。
締め切りを守れなかった責任を取って、自ら坊主頭にしたというのは、なかなかインパクトのある対応ですよね。でも、坊主頭にしたからといって原稿が早く仕上がるわけではないので、根本的な解決にはなっていないかもしれません。
こういったユニークなエピソードが、江口寿史さんの人間味を感じさせてくれます。
3. 「未完の帝王」という異名もある
江口寿史さんには「未完の帝王」という異名もあるそうです。これは、作品を完結させないまま連載を終了させてしまうことが多かったためです。
遅筆のため、連載が続けられなくなってしまったということなのでしょう。でも、「未完の帝王」なんていう異名がつくほど、何度も同じことを繰り返していたというのは、ある意味すごいことですよね。
読者としては完結を見たかった作品もあるでしょうから、残念に思う気持ちもあったかもしれません。
4. 代表作「ストップ!!ひばりくん!」は27年越しで完結
江口寿史さんの代表作「ストップ!!ひばりくん!」は、実は27年越しで完結したそうです。1981年に連載が始まったこの作品ですが、1983年には連載が中断してしまいました。
その後、長い年月を経て、ようやく完結編が描かれたということなんですね。27年越しで完結させたというのは、ファンにとっては嬉しいことだったでしょう。
遅筆で「未完の帝王」と呼ばれた江口寿史さんですが、最終的には代表作を完結させることができたというのは、素晴らしいことだと思います。
江口寿史に関する疑問まとめ!
まとめ
江口寿史さんについて、プロフィールから妻・水谷麻里さんとの結婚、そして最近話題になったトレース問題まで、詳しく見てきました。
- 江口寿史さんは1956年生まれで熊本県水俣市出身の漫画家・イラストレーター
- 千葉県立柏高等学校を卒業後、デザイン専門学校に進学し漫画家の道へ
- 1977年に週刊少年ジャンプでデビューし、「ストップ!!ひばりくん!」などヒット作を生み出した
- 妻は元アイドルの水谷麻里さんで、1990年に約13〜15歳の年の差婚をした
- 推定年収は数千万円以上と予想され、漫画の印税やイラストの仕事など多様な収入源を持つ
- 時計コレクターとしても有名で、2024年には時計ブランドとのコラボ商品が1時間で完売した
- 2025年10月にトレース問題で炎上したが、現在も第一線で活躍している
- 「未完の帝王」という異名を持つほどの遅筆だが、代表作は27年越しで完結させた
69歳という年齢になっても第一線で活躍し続ける江口寿史さんは、日本の漫画・イラストレーション界の重要な存在と言えるでしょう。トレース問題という課題はありましたが、これからも素敵な作品を生み出していってほしいですね。水俣市の観光大使としての活動も含め、今後の江口寿史さんの活躍に注目していきたいと思います。

